『君が人生の時』、個人的感想。

『君が人生の時』、困惑することが多くて、感想を書こうとしたらネタバレ満載だし長文だし。ということで、ここはひとつブログにでもアップしてみようということになりました。困惑と言ってもネガティブな意味ではありません。おもしろいな、なんでこうなるんだろう、という非常に昂る感じの困惑です。

困惑の原因は。まず14日の初回観劇時と19日の観劇時で、ジョーの印象が違いすぎて困惑。それに伴い作品全体のイメージも、インタビューやネット記事から得ていたイメージとは全然違うものとなり困惑。そして流れてくる感想や考察を読むと、あまりにも自分の感じた印象と違って困惑。さて、これは自分の理解力の問題なのか、それとも自分の心が汚れているのかと困惑。

「暖かな眼差しによる人間賛歌」という穏やかなイメージの中に、だいぶ反対の意見を投下するのは勇気がいるけど、とりあえず自分の印象を書き留めておこうと思います。ちなみに、原作は最初の10ページぐらいしかまだ読んでいないし、検証もリサーチもしていないので、完全なる個人の感想です。

あと盛大にネタバレしているし、本当に偏った意見だと思うので、まだ観劇していなくて先入観を持ちたくない場合はどうぞここでブラウザを閉じてください。

 

以下、主に19日ソワレを観劇した際の感想です。

 

最後のシーン、ジョーが酒場のドアを開けて出て行った時、とても悲しかった。

皆が何かしらを得て終わったのに、ジョーだけが何も持たず成し得ず一人で出て行く。愛や仕事や家族や信頼や栄誉を得て、これからもささやかな日常を生きる酒場の住人達とは真逆の位置で、最後の大きな役目は果たせず、何も持たず何も成し得ず、他人の夢や希望だけを叶えたジョー。酒場の住人たちに愛情あふれる眼差しを向けつつ、かと言って人の幸せが自分の幸せという充足感を得た感じでもなく、どこか達観したような諦観したような表情で一人去っていくジョーが悲しかった。

自分の中で出来上がったジョーは、こんな人物だ。

お金はおそらく投機的な何かで得たものだろう。不動産か株か分からないけど。犯罪ではない。でも、戦争特需に便乗したんじゃないだろうか。*1幼い頃に苦労して「仕返しをしてやろう」と決めた。「神のご加護が必要」で、「貧しい人たちのなけなしのお金」*2を搾取して「金が金を生む」ような場。ジョーはお金を憎んでいる。戦争も憎んでいる。*3(6/24追記:他の方の意見も聞いたりして、高利貸しなのではないかとの結論に。ギャンブルか投資で一山当てて、それを元手に貸金を始めたのかもしれない。)

株でも不動産でもないかもしれないし、戦争も関係ないかもしれない。ただ、何か法には抵触しないが真っ当ではない方法で金を得ていて、そんな金も自分も憎んでいるんだろう。自分が身を置く世界も自分も嫌になって、逃げ出してきた。帰る場所がない放浪者じゃない。帰りたくなくて彷徨っている放浪者(逃亡者)だと思った。

子供の頃に母親を失くして、おもちゃであやしてもらったら泣き止んだ。「子供の頃は死ぬほど働いて」苦労はしたけど、貧しい中、愛情をかけてもらって育ったのだろう。もしかしたらニックの酒場に集まるような人達の中で。ジョーは、ニックの酒場で生き直しているように見えた。失くしてしまった自分、叶えられなかった自分を、懸命に守って取り戻そうとしているように見えた。純粋さ、愛、家庭、勇気、夢、希望。登場人物は、ジョーが失くした、もしくは望んで叶えられなかったそんな夢物語を投影しているように見えた。持たないものへの憧憬。取り戻そうとしても取り戻せない、得ようと思っても指の隙間からすり抜けていく、だったら諦めようか、それもできない。そんな自分への苛立ちと嫌悪。

ジョーが切望した夢物語を具現化したニックの酒場。そこを脅かすブリックは、道をそれて歩き始めたジョーの中に宿った希望や温もりとは対極の何か。その両方を見つめるジョー本人。拳銃を手に入れ、それに対峙しようとしたジョー。でも殺せなかった。失敗した。弾丸は拳銃から出てこなかった。守ろうとして、自分では結局守れなかった。

 

ジョーは失敗した。キットは成功した。

 

失敗したジョーは、それでも夢の世界=ニックの酒場が守られたのを見届けて出て行く。作者はなぜジョー本人に守らせなかったのか。ジョーはどこに行くのだろう。満たされず彷徨い続けるのだろうか。それとも、それでも希望は守られるのだということに納得して満足して達観して諦観して自分の居た場所に戻るのだろうか。そこがまだ見えないけれど、どちらにしても、とても厳しくて正当な現実だなと思った。

 

最後に、事前の記事で坂本さんが「なぜジョーはおもちゃを買ってこさせたのか」話していたけれど、ジョーはきっともうずっと泣き出したいような気持ちだったんだろうと思う。孤独でやるせなくて泣きたい気持ち。きっと自分では気付いていないんだろうけど。

 

ということで、一坂本担の感想でした。そうとうジョーに傾斜してます。舞台の大部分を占めるのはニックの酒場の住人たちだし、そこにフォーカスしたらきっと、「戦争が始まる直前の困難な世の中でも少しのユーモアと少しの歓びを大事に粛々と騒がしい日常を送る人達への人間賛歌」となるんだろうなと思うけど、自分は坂本担でジョー担なので切ないです。

 

初回観劇時との違いとか、このジョーを体現する坂本さんのすごさとか、そういうのはまた今度、機会があれば書いてみようかな。

 

*1:ただ元手はどうしたんだという問題が残るんだけど。

*2:ここはちょっと当てはまらないかな。貧しい人がなけなしのお金を、一攫千金を夢見て投資しては…いないと思う。

*3:実は1回まるごとジョーの表情を全編通して追った回があるのだけど、誰かが戦争の話をするたびに顔を苦痛で歪めるようにしている。どんな些細な話題でも、はっきりと表情が変わっていた。